不安とダンスする毎日

不安は長年のパートナーだ。姿形は変わるが不安であることは変わりない。
今日は「続けること」が不安になった。仕事も勉強も、人間関係も継続しているものがないのだ。
唯一惰性で続いているのは、パソコンに触ること、それから発展してネットに触れることだろうか。スマホが普及した今、パソコンに触ったことのない若い人(10代以下?)が増えているという。それだけ手軽になったのだ。パソコンを介さなくとも、便利なアプリが使えるしネットのサービスだっていつの間にか使っているのだ。
パソコンの使用経験があるのはメリットに数えられなくなっている。

仕事は数年で辞めてしまう。業務そのものが嫌になるのは稀で、同じ環境で同じ人に会い続けることが苦手になるのだ。「真っ当な」人なら、ふざけるな!と一喝するだろう。
人間関係も、初対面は楽しくなるが二度目三度目と会うごとに、だんだん次に会うのが怖くなってフェードアウトする。記憶の中では人々との会話や出会いは美化され、良い思い出になっていても、用事も動機もない状態で再び会う(すれ違うだけでも!)避けたくてたまらない。自分の存在はすっかり忘れてほしい。さもなくば一から十まで覚えていてほしい。なんとも極端だが、中途半端に覚え忘れられることがひどく怖いのだ。
「まともな人」との会話も恐ろしい。相手が正当ならば、こちらも同じ位の返答をしなければと追い詰められるのだ。個人的感覚では、「まともな」会話をする人が大半で、突拍子もなく「まともでない」会話の人は少数である。ジャンル問わず、振り切っている人は案外会話しやすい。「まともな返し」のプレッシャーがないし、彼らの話す内容が本当にその人が熱心に続けていることであったりして面白いのだ。