建前が使えないなら代わりにどうするか

建前を使えるのは経験以上にセンスなのではと思う。そして、読むセンスと使うセンスは別々だと感じる。
建前を繰り広げる会話はある種の職人芸に見えるのだが、学校や職場では建前マスターが多数派を占める。皆、マスターを目指し年月を重ねて建前スキルが上がっていくようなのだ。
センスがない者が建前マスターに囲まれると悲惨だ。マスター達と異なるとんちんかんな会話を繰り広げ、運が悪いと虐げられるターゲットになる。読むことはできても使うことができなければ、これまた会話が成り立たずに苦しい思いをすることになるのである。

建前をそのまま受け取ると痛い目に合うことを身をもって学んだが、読み方も使い方も急激なレベルアップは期待できなかった。実際、大した変化は起こっていない。読めないしうまいこと返しができるわけでもない。
開き直れるなら良かったが、自分の場合は無口になって言いたいことを積もり積もらせ内面に溜めていくことになる。
建前は使えませんので!と宣言するのも「タテマエ」かもしれないと読み解かれるし、事実と判明したらあの人は建前が分からないのね、とタテマエ混じりで返されるのである。
どうしろというのだ、と憤っても何ら変わりはしないのだ。

嘘をつくのも下手で、ほとんどは本音で話すことになる。全く嘘をつかないわけではないが、すぐにバレるのでバレても構わない程度のものにするか、さもなくば自分自身をも騙すくらいに思い込ませることになる。後者は数年〜数十年後に自滅の道を歩むことになるけれども。
とはいえ常に本音をさらけ出していると、攻撃を喰らいかねない。攻撃を羽返せれば問題ないのだが、もろに直撃してしまうので、他にも防御方法を構えておく必要がある。
そこで、事実や本音なら喋ることができるので、「半分本音(事実)」を相手に伝えることにした。
全くの嘘は喋られないし、記憶が曖昧になってバレた時の後始末を考えただけでゲンナリする。一方で、半分本音(事実)なら、半分は本当のことなので自信をもって話せるのだ。
センスのある人ならそんなの当然と言われそう。