学校、就職という呪い

就職こそゴール!な呪いからまだ抜け出せていない。
毎日学校に行き、「安定した」仕事につき、毎日職場へ行って8時間以上仕事をする。集団生活に馴染むのは当たり前で、学校は滞りなく卒業し迷うことなくどこかの組織で働くもの。
平成の末でもこんな話を真顔でする大人がいた。地域によってはそんな人々に包囲された10代20代がいるのだ。
ひきこもりやニートは存在せず、空想上か宇宙人かと思われているのだろうか。ヤンキーは絶滅危惧種なのか、あるいは既に飛び出していてたまたま見なかっただけか。
すんなり状態を美とする時代はだんだん遠くなっている気がする。それでも油断していると「つまづかないのは常識でしょう!」と横から叩かれる。
就職セミナーやハローワークが苦手なのは、そんな雰囲気を感じてしまうからなのかも。

集団に馴染んで当然だと考える人は、さほど苦にならず過ごしてきたのだろうか?真逆の人生を送っている者からすると不思議だ。
前なら苦手なものに蓋をして終了だったのが、今は逆に興味を持つようになった。自分が苦手とするものにこそ、食べていけるヒントがあると信じるようになったからだ。ヒントから答えになるまでは時間がかかりそうではある。

「ピカピカと輝くような」起業をする姿を想像したら違和感があった。
やる気なく、仕方なく、ゆるく仕事をしていった結果、起業したことになっていく未来が見える。
こんなことを言っていると、そんなんじゃ生きていけないぞ!と叱咤されそうである。特定の誰かではなくとも、集団の小さな圧が重なると正体の見えない大きなものへ変化していくのだ。放っておくと真綿で首を絞められる。歳を追うごとに、埃のうちにそっと払うのがうまくなってきた。