よその芝が眩しい

青々しすぎて目が開けられない。華やかな世界の人が羨ましい。
でも住み慣れたジメジメ感はどこか心地よくて離れたくない。地味に地味にと生きていきたい。両方叶えている人に妬みさえ感じる。
こんな心境の時は病んでいるな、と考えられる状態の時は、精神が健康になってきた証である。
気候の影響は大きい。元が心に左右されやすい分、外的要素だけでも整えておくことが本来は必要なのだ。

人生の中で孤独感が薄い方が稀だ。自分にとって一番の腐れ縁は孤独感なのではないだろうか。
家族がいようが、その場にいる人と話していようが、常に馴染めていないように感じる。
集まりがあっても周りは親しくなっているのに絶えず一人浮いている。
心を開いていないからだ、神経質だからだ、所属するコミュニティが足りない、などなど。孤独感を生み出す原因を探ってみたが解決に至っていない。

何故眩しいのか?探り当てるには意外と根気がいるのだけれど、エネルギー残量20%前後でうろうろしながら生きるような日々では、根気に割り当てられるほど余力がない。
負の感情の芝生は放っておいても伸びるのだから、光合成をしてエネルギーを生み出してくれやしないかと思う。現実では養分の奪い合いをしていて、自滅し枯れていっているが。
自分という名の庭をきちんと手入れできている人は凄いのだ。剪定、芝刈り、そして花を植えたりするなんて素晴らしいことか。
こちらの庭は殺風景というか、全体的に黄ばんでいるか葉がへにょりと下がっている。水を与えたらいいのか、肥料を足せばいいのか。そもそも土壌が悪いのか。手のつけどころさえ分からないで一人頭を抱えている状態である。