日記との付き合い(1)

日記ノート

7歳くらいの頃、伯母が日記を買ってくれた。
サンリオのキャラクターが描かれていて簡易的な鍵がついていた。
何故日記を買ってくれたのかは忘れたけれど、日記が手元にある以上「毎日書かなければならない」となんとなく義務を感じていた。
その割には何日もさぼり、やがて1ページにつき1文字を書いてページを稼ぐようになった。
阪神大震災が起きた時にその日記は現役で、炎と煙が立ちこめる映像を前に、「じ し ん だー!」という風に大きな文字で書いた記憶がある。子ども心にも衝撃的だったのだ。

それから数年、継続して日記を書くことはなかった。

日記を書くのが楽しいと感じるようになった

12歳前後の頃に好きな子ができ、さらにその子とたくさん喋るようになり、自分の人生にとって貴重なとてもとても毎日が幸せで楽しい時間が訪れた。
楽しかったこと、その子への想いをいつの頃からか日記に書くようになった。
内容は忘れてしまったけれど楽しいことを書き綴っていた感覚は今でも残っている。

時間が経つと、好きな子とクラスは離れ、会話をすることはめっきり減った。その程度の間柄だったし、先に進む勇気が自分に無かった。
同時期に同級生からいじめられるようになった。明るい日々は一気にどんよりした。
暗くみじめな気持ちを今度は日記に綴った。

日記は「愚痴をこぼす相手」

嬉しいことを書くこともあったけれど、人には話せないこと、話すまでもないこと、モヤモヤしていることを呟きのように書いた。
最初はかちっとした装丁の日記帳を使っていたが、書く量が増えてB5サイズの一般的なノートを使うようになった。
これなら気兼ねなく雑文が書けるし、日記と銘打って販売されているものより書くスペースが広く、窮屈さから開放された。
やがて引きこもりに突入するのだけれど、その間は日記を1日に2度くらい書いていた。家族が全員出かけ、家に一人でいる時間は日記を書くに最高の環境だった。
喋る相手もいないまま、ノートの上でボールペンを動かす日々だった。

家に引きこもるようになってからも書き続けた日記。
通信制高校に通うようになり、それからも環境は多少変わったけれど、その間もずっと日記を書いていた。
日々感じた微妙なモヤモヤをぼやいていた気がする。
この頃、はっきりと誰かにいじめられたり嫌がらせをされたりといったことはなかった。
でも、幼い頃から蓄積された、「普通になれない」悲しみや悔しさ、もどかしさをずーっとずーっと文字にしていた。
余談だが、自分は本当にダメな奴だと思って、「駄目」という漢字を長くたくさん幾度も書いていたけれど、「駄」の字を間違えていたことにある日気づいた。
恥ずかしくて日記上で練習した。漢字は辞書や携帯でちゃんと調べて書こう…と誓った。

使いやすいノートというのが見えてきた

リングで綴じられたノートは、ちょっとだけ高級感があるのが良かったのだけれども、後に処分したくなった時に困ったのだ。
金属部分がそのまま捨て辛かったり、シュレッダーにかけようとすると分解する必要があって、面倒なので使わなくなった。
無印良品がかっこいいと信じていたころは、無印のノートセットを購入していた。3冊だったか、5冊セットだったかと思う。背の部分がそれぞれ色の異なるテープで、次のノートになると気分が変えられるのが良かった。
だんだん書く量が増えてからは、コクヨのCampusノートがしっくりくるようになった。サイズが豊富、ページ数や行間の種類が選べる、手頃な価格でどこにでも売っているというのが、何よりも実はとてもいい事に気づいた。
ノート選びに割く労力を日記を書くことに割けるからだ。古めかしくて嫌だと考えていた頃の自分はアホだった。Campusは素晴らしいです。

モヤモヤした日々でも、「家に帰ったら日記を書こう」と思うと少し心が落ち着いた。
家族に日記を読まれるのではないかという恐怖はあったが、隠し方を自分なりに確立してからはさほど気にならなくなった。
日常で使うノートと間違えて鞄に入れてしまい、外出先に持っていってしまった時は肝を冷やした。