人生もうダメだと落ち込む廃人生活

年間のほとんどを鬱々と過ごしていて、その中でも特に気力が落ちる日が続いた。
ほぼ横になったままで、トイレだけは我慢できなかったので時々行った。
布団に包まりながらスマホ片手にネットをして、最初は悩み(という名の刹那的な愚痴)に関するキーワードをGoogleに入力し、一覧で出てきたページを漁った。
繰り返すうちに、それらに載っている文章すら読むのが億劫になってきて、ぼーっとした意識のまま動画を観た。
某自称クソアニメを観ていると乾いた笑いが出て、終わった後は笑い以上に内面がカラカラに乾いてさらに気力が消えていった。内容が面白いとか面白くないだとかではなくて、心身の余力が無くなった結果、微々たる感情の動きが捉えられない状態なのだと思う。バラエティを楽しむのはエネルギーが要るんだなあと知った。

もともと視力が良くなく、目が疲れやすいので当然ネット漬けは目にくる。
眼球が軽く痛みだすと眠気も襲ってきて、気がつけばスマホを投げ出して眠っていた。
わずかに理性が働いた時は、眠りに入る前にスマホの充電ケーブルをコンセントに挿して充電した。
軽い眠りから覚める頃には、スマホは充電されていて自分の目も数時間画面を眺められるくらいには回復しているのだった。
もっとも自分の本体はというとスマホのようにすんなり充電されない。以前違う機種を4年ほど使っていたけれど、バッテリーが劣化してくると充電に時間がかかって、しかも消耗が早かった。それを思い出した。

この間、風呂は入れなかった。断水したとか風呂がない家ではないから、入ろうと思えば入れたが、どうでもよくなってしまった。
汚くなるところまでなればいいやーと投げやりな気持ちで、次第に「入浴しないのが通常」という感覚に置き換わっていった。
髪の毛や肌の不快感はあったけれど、どうせ、もうどうでもよくなった。洗っても、湯船に浸かってもこの汚さは何も変わりやしないと思いこんでいた。
入浴するまで、脱衣所で服を脱ぐこと、浴室で体を洗うこと、そして湯上りに身支度をすることが果てなく遠い道のりに感じて、到底無理だと思った。
歯だけはなんとか磨いた。