理想の葬式を考える(2)

「理想の葬式を考える」の続き。

自分の場合は結婚式の披露宴よりも葬儀に参列した回数の方が多い。
葬儀はほぼ親族のものであったけれど、中には身内以外の人のものもあった。めでたい場への望みは大してないのに、自分の、時に近しい人の最期の別れ方に想いを馳せるようになった。世話になった人が急に倒れ、生活が一変したのを目撃したのがきっかけだ。

親族A

今まで参列した中で唯一のキリスト教だった。故人は耳が聞こえず、別れに集まった人々も同じく耳が聞こえないようだった。手話で喋っていて、一見するととても静かな葬儀だった。
仏式とやり方が違って戸惑う場面もあったが、親しい人による賛美歌とともに見送るのが、なんだか良いな〜と記憶に刻まれている。手話で歌う人もいれば、声を出して歌う人もいた。
故人の人柄からか、やたら大規模でなくてちょうど良い規模の、本当に親しい人々に囲まれた別れなのがよかった。
この時初めて共同墓地を知り、家々で別の墓ではなく共有して、常に誰かが来てくれる墓所もいいなあと思うようになった。

親族B

故人に配偶者や子どもはいなかったので、親族の一部と故人の友人とで見送った。親族Aの葬儀から10年以上の月日が流れて、この頃は家族葬が広まり、小さな規模で行う葬儀に選択肢が増えていた。
ほぼ本人の希望と残した財産で成し遂げた葬儀だった。生きている間も自分の力で生計を立てた人で、最期までそれを貫いた。
生前の故人は、身動きも会話もほとんど出来ない状態だったけれど、元気だった頃に本人の希望を伝えていてくれたおかげで、亡くなった後にこうしてみよう、これをしてあげたい、というのを叶えやすかった。

知人C

若くして突然亡くなり、慌ただしい葬儀だった。あまりにも急だったことや故人の家庭の事情もあり、不思議な雰囲気だった。
故人が小さい頃に暮らしていた地域に昔からあるお寺で通夜が行われた。故人や家族とどの位付き合いがあったかは知らなかったが、法話が故人の亡くなった状況と季節に相応しくて、参列者としてはすごく慰められた。
葬儀社から紹介されるお坊さんもいいけれど、土地に密着して生きて、地に足のついた話をしてもらえるお坊さんに巡り会えるのはありがたいなと思った。
お坊さんそれぞれの個性、経験値もあるだろう。
例えお坊さんでなくとも、地に足をつけて最期まで見届けてくれて慰める存在が1人でもいてくれるなら、生きる側も死んだ側にとってもせめてもの救いになる気がする。

家族に囲まれて「いい人生だった」なんて一言を遺す死に方はできないと思う

中島義道氏の著書の中で、人の最期に触れた文章が何度か出てくる。たぶん、自分が理想と求める葬儀(送られ方)と近い。
地位も名誉もないし、大規模であったり建前だけの葬儀は要らない。多数派に説得されたままの納得いかない人生で死にたくもない。
どういう形で死ぬか分からなくて常に恐ろしい。どれだけ酷くて、どれだけ痛いのだろう。天災や戦争で死んでしまうのか、病気で長く苦しむのか、事故や殺人である日突然なのか……。不老不死の辛さを描いた物語はたくさんあれども、生命に限りがあるのはやっぱり怖い。永遠じゃないことが怖くて怖くて仕方がない。死の瞬間に直接触れるのは独りでやらなくてはならない。怖いからこそ、覚悟を決めて愉快に過ごすために最期の迎え方をを描き続けると思う。