ネットは大好きだけれど公言したくない

ネットは自分にとって切り離せないもので、なんだかんだで長い付き合いだ。
これまでネットが大好きで仕方なかったにも関わらず、リアルで会う第三者の前ではそれを否定していた。「ネットが好きでしょうがない自分」を見せるのが恐ろしかった。
自分が気に入っていることを誰かに見せ広げるなんてとんでもない、ひた隠しにしたいと心の隅で構えている。これは他の事柄でも同じで、いつバレるかと怯えているのであった。
「好きなもの」は身を守る盾であると同時に、総攻撃されたら崩れかねない最後の砦でもある。

最近は砦自体にヒビが入ってきて、補修するか新たな砦を築かないとまずい状況になってきた。盾もぼろぼろ、防ぐ一方な時期は過ぎて、矛も磨かねばならないのだ。

好きなものを隠す心理

小学生になる頃だったろうか。新番組スタート!と、某アニメのCMが流れていた。
たぶん、それを見て母親に「この番組が見たい」と自分はせがんだのだろう。返ってきた母親の一言は「くだらない!!」だった。
その新番組が魅力的に映った自分にとって、とてもショッキングな言葉だった。
他にも、自分の両親はバラエティを見ては「くだらない」「つまらない」と口に出す人であった。全てのバラエティに対してではなかったが、いつしか自分の中で「これは見ていい番組」「これは見てはいけない(見ると親がうるさい)番組」と選別されていった。
小さな小さな出来事であるが、自分の好きなものが否定されるのは恐怖の象徴であった。
だが迷いもあった。これくらいのことで、ショックを受ける自分は変なのでは?普通はさらっと受け流すのでは?と。大人のやり方としては、「そういう考え方もあるね」と受け止めるのがスマートらしい。
その後の人生で、自分が好きなものを否定される恐れがあると、頑なに隠すようになった。それでいて、矛盾するが「◯◯(好きなもの)って、いいんだけどなあ」と知ってもらえるのを願っていた。