消極的な起業

ヒロシの新刊

『働き方1.9』を読んだ。きっかけは著者・ヒロシのインタビュー記事である。
題名の1.9は流行りの2.0をもじっているのだけど、積極的な人はちょっと多めの数字にするんだろうなと思ったりする。ちなみに、1.9の理由は書籍の中で綴られている。

この本は普通のビジネス書だった。ところどころで本文を強調する太字、あっさり読み終われる書き方、見栄えするような図。章の最後にあるチェックリスト。この展開に見覚えがあるのは本音である。
では何が良かったのかといえば、巻末「おわりに」の文章と、この本を出版したことだった。本人による試行錯誤の経過が記録してあるのが、いいなあと感じたのだ。

働くには積極性のみがいると思っていた

バイトならタウンワーク、正社員ならリクナビなどの就職サイトを眺めてみたり、ハローワークに行くだけが食い扶持の稼ぎ方だと思っていた。
自ら事業を営む人は周りにいなかった。といっても、父方の祖父母は自営業をしていた。ちなみに自分が生まれる頃には他界していて、会ったことがない。
祖父母は店を構えていて、父の記憶では家にほとんどいなかったという。叔父が家業を継いだので、父は事業と無縁になり、サラリーマンとなった。
父はよく社長の愚痴をこぼしていた。しゃちょう、と呼ばれる人への印象は良くなかった。
母方は兼業農家だったようだ。晩年は自分たちの家で食べる量の畑を持つ程度だった。畑仕事のノウハウを継いだ者は誰もいない。

初の就職をして間もない頃、起業とはエネルギー溢れる人だけのもので、株式会社を創って従業員を雇うことのみが起業と考えていた。
実際は組織(法人)の創り方は色々な方法があるし、規模も大小ある。ただ単に知らなかったし関心が無かったのだ。

今更と思っても試すこと

雇われて組織で働くやり方が馴染めばよしで、フリーランスで独立してどんどん仕事ができるならそれもよしである。今この文章を書いている時点で思うのは、どちらかに「ぴったりと」合うとは限らないこと、色々なパターンを模索する必要である。雇用とフリーのバランス、休養に要る時間、得意なこと、苦手なこと。子ども時代に試せた人は強い、だの、試すことをしてこなかったんだな……という虚しさ・落ち込み。頭の中で回っているが、年齢の2倍は時間をかけてやっていくことになるだろう。

雇用される点のいいところは、人に会う機会が強制的に得られる点だと個人的に思う。完全なフリーランスだと、自分の場合は極端に頻度が減り、社会的ひきこもりになり、現実でもネットでも、義務的なもの以外会話をしない道を辿るのが容易に想像できる。かと言って勤め人で続いたのがもって3年ほどなのも、これまた事実である。